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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その110 第20回夏の甲子園大会のポスター

89回目を迎える夏の甲子園が8月8日に開幕。昨年はハンカチ王子こと早稲田実・斎藤佑樹(現早大)の活躍に沸いたが、果たして今年はどんなヒーローが颯爽(さっそう)と飛び出してくるのか?

写真は今から73年前、1934(昭和9)年の第20回大会(当時は全国中等学校優勝野球大会が正式名称)のポスターだ。真っ赤な色を背景としたボールに描かれているのは、日本列島を中心としたアジア地図。この年の京城商、台北商、大連商のように、外地からの代表校も参加していた時代だ。ちなみに、以前このコーナーで紹介した「野球塔」が、20回を記念して球場東側の松林の中に建てられたのもこのときである。

そしてこの大会は、ヒーローたちの宝庫だったのだ。まずは、のちの巨人のエース・沢村栄治。センバツを2度経験している沢村はもちろん注目投手で、沢村を擁する京都商は優勝候補でもあった。ところが初戦で鳥取一中に足元をすくわれてしまう。沢村は初回に2失点、3回に1失点。その後は別人のような投球を見せて計12三振を奪ったものの、1対3で敗北。天知俊一(のちの中日V1監督)は「アサヒグラフ」で、エースの“気の緩み”を指摘している。「直球はスピードに不足する上に、制球力も整っていなかった。最初から球の配球に注意していたら不覚の得点を許さずに済んだと思う」。沢村はこの大会を最後に学校を中退、全日本の一員として11月の日米野球に参加することになる。

決勝戦は、その鳥取一中を破った熊本工と、広島・呉港中の対決。両校にはのちのGTのスター選手がいた。熊本工の川上哲治、呉港中の藤村富美男だ。″打撃の神様と呼ばれることになる川上は、右翼を守る14歳の九番打者。一方、戦後、物干し竿バットで本塁打を量産する藤村はエースピッチャーだった。結果は川上を3打席3三振に斬って取るなど14奪三振完封劇(2対0)を演じた藤村に軍配、涙の初優勝となった。

 

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2007年8月20日発行 第36号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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