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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」

その日、ファームから一軍へ上がったばかりの大洋・鵜沢が投じたボールを巨人・王貞治のバットがとらえた。白球は高々とライト方向へ打ち上げられ、打球を追って固唾をのんでいた観客席から歓声が一気に弾けた。

1976(昭和51)年7月23日。川崎球場に詰め掛けたファンの多くは、そのホームランをこの目で見ようと集まってきていた。球史に残る王の700号。通算868本塁打の王にとっては通過点だったが、この一本が出るまでファンは20日も待たされた。その当時の状況を読売新聞は「政府高官に今一歩で足踏みのロッキード事件のさなか、国民のイライラを吹き飛ばすような一発だった」(同年7月24日朝刊)と報じている。699号を放ったのは7月3日の中日戦。ドーム球場のない時代。雨天中止などで、この間7試合、30打席を費やし、王にとってまさに産みの苦しみの末に放った記念のアーチだった。

国内では今もってこの数字にたどり着く者がない大偉業を、敵方である大洋は直径35aの銅版製の記念プレートにして、右翼席のスタンドに掲げることを提案、同球場がこれを設置して敬意を表した。これほどまでに、王の偉業はチームの垣根を越えた、球界全体のエポックだったのである。このプレートは、照明塔の土台となっていたコンクリート部分に埋め込まれた。その2年後に、大洋が横浜へ移り、代わりにロッテの本拠地となった後も、ライトスタンドに陣取るオリオンズ・ファンに親しまれてきた。そのロッテも92年に本拠を千葉に移し、主のいなくなった川崎球場は、一般への使用を目的に2000年8月にスタンドを解体した。その解体の折、ロッテ・張本が80年に3000本安打を記録した記念のプレートともに新潟・南魚沼市の池田記念美術館に移送され、現在も一般に公開されている。

記念の本塁打から31年。かつてのスタンドがなくなった球場では、今年7月、アメフトのワールドカップが開催された。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2007年8月13日発行 第35号
取材協力/池田記念美術館(新潟県南魚沼市)
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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