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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その99 巨人・川上哲治の赤バット

5月2日の中日戦(ナゴヤドーム)での勝利で日本プロ野球史上初の通算5000勝を達成した巨人。その5000のうち、監督として1066もの白星を重ねたのが、1961(昭和36)年から74(昭和49)年までの14年間チームを率いた川上哲治だ。この監督勝利数はもちろん球団史上1位。ONを中心に9連覇(65〜73年)の大偉業を成し遂げて黄金時代を築き上げた名将だが、選手としても偉大なる打者であったことは言うまでもない。

写真は川上が使用した有名な「赤バット」。長さは35インチ、重さは850c(博物館実測値)。この赤バットに関しては、川上が戦前、バットの色をチームカラーであるえび色にしたことがあり、戦後再び赤く染めることになったとか、銀座にあった運動具店から「バットの後ろにボールを通さない」という赤信号に掛けたゲン担ぎを込めて贈られたなど、さまざまないわれがある。

いずれにせよ、川上の「赤バット」は、大下弘の「青バット」とともに、戦後混乱期の国民を勇気付け、復興の象徴と呼ばれた。ただ、実際に「赤・青」ともに使われたのは1947(昭和22)年の1年間のみだったという。この年、当時東急の大下は首位打者(打率.315)と2年連続となる本塁打(17本)の2冠。川上はノンタイトルだったが、大下に触発されたか、翌年の25本(本塁打王)から3年連続20本以上を放っている。

一発を狙って大振りになり一時打撃不振に陥ったが、50年頃の多摩川グラウンドでの猛練習で「ボールが止まって見える」という境地に達してからは、51、53、55年と3度の首位打者を獲得(戦前から数えると計5度)。長嶋茂雄と入れ替わるように58年に引退するまで、現役18年での通算打率は.313。人呼んで「打撃の神様」。その存在なくしては、いまの巨人、そして日本球界はありえなかったと言っていい。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2007年6月4日発行 第23号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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