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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その86 日本初ナイターの入場チケット

先週紹介した横浜ゲーリッグ球場でのナイターは、「プロ初ナイター」であって「日本初」ではない。では、「日本初」が行われたのはどこか? それは1902(明治35)年開場の早大のホームグラウンド、戸塚球場。先々週に紹介した、大隈重信が日本初の始球式を行った場所だ。もちろん開場当時から照明施設があったわけではない。33(昭和8)年、早大創立50周年事業の一環として取り付けられた。プロに先立つこと15年も前の話だ。

照明塔の設置に取り掛かったのが同年の5月上旬で、約2カ月をかけて完成された。高さ約30メートルのものが計6基。全部で156個の電灯が取り付けられ、明るさも当時世界トップクラスだったという。7月10日午後7時、早大第二軍対新人軍のゲームが記念すべき日本初ナイター。会場はもちろん超満員だ。照明塔に光がともった瞬間の観客の様子を、当時の雑誌『野球界』はこう記している。「パッと暗黒の空に浮き出た六個の太陽。嵐のごとき拍手と歓声は巻き起こった。そして昼のような明るさに、ア然として見入っている」

当時の鳩山一郎文部相の始球式で始まった試合は、11対6で第二軍が勝利した(7回で打ち切り)。しかし、やはり不慣れな夜間照明の下での試合。グラウンドの選手たちは、打席で手元に来たボールが見えなくなったり、捕手がカーブを取りにくかったり、観客の中にも目が疲れて頭が痛くなったと言う者が出てくるなど、いろいろと弊害もあったようだ。

写真はその試合の入場チケット。夜空に向ってそびえ立つ照明塔の光に、白球が照らし出される図柄が印象的だ。しかし、驚きと喜びとともに、人々の心をも明るく照らしてくれたこの照明塔は、球場が87(昭和62)年に閉鎖されるまで生き残ることはなかった。物資不足の戦時中にスタンドの鉄骨とともに供出され、砲弾などに姿を変える運命をたどったのである。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2007年3月5日発行 第9号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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