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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その85 1948年プロ野球初ナイターのポスター

プロ野球で初めてナイトゲームが開催された球場はどこだろうか? 設備面で日本の球場をリードしてきた後楽園と答える方が多いかもしれないが、そうではない。「横浜ゲーリッグ球場」。1978(昭和53)年に横浜スタジアムが建てられる以前に横浜公園にあった球場で、「横浜公園球場」とも「横浜公園平和球場」とも呼ばれた。記念すべき初ナイターは、48(昭和23)年8月17日午後8時プレーボールの巨人対中日戦であった。

アメリカではマイナーは1930年、メジャーは35年にナイターがすでに始まっていた。ゲーリッグ球場は、横浜公園球場が戦後進駐軍に接収されて名を変えたものだが、取り上げた球場に、41年37歳の若さで難病で倒れた英雄の名を付け、いち早く照明施設を付けたのは、アメリカ側にとっては自然な流れだったのだろう。

照明塔は8基。試合当日は物珍しさも手伝って、場内は一・三塁線近くまで人がはみ出るほどの超満員となった。真夏だが、夜でしかも海風が心地良く、観客にとってはとても快適。しかし慣れない選手たちには大変だ。千葉茂や川上哲治は、「ボールが影をつくって飛んでくるから二重に見えた」と語っている。

初ナイターらしい珍事が起こったのは6回裏。川上が放った右中間への打球はスタンドインしてグラウンドにはね返った、ように思われたが審判はフェンスに当たったと判定。巨人側の抗議で10分間中断、その間に雨がパラパラと降りだしたのだ。当時は熱くなったライトに雨粒が付くと割れてしまう危険性があった。「雨が強くなりましたら一斉消灯します。見の回りの品に気をつけてください」と場内アナウンスされ観客は騒然。だが幸いにも雨はすぐにやんだ。試合は中日が3対2で制した。

最後に。このナイター前日の16日にベーブ・ルースが亡くなっている。試合前にはその死を悼んで両軍の黙祷が捧げられた。ゲーリッグとルース。今も横浜スタジアムの外野ポール際に34年来日記念のレリーフとして残る2人の名が、横浜での初ナイターにもかかわっていたというのはちょっと興味深い符合だ。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2007年2月26日発行 第8号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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