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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その80 西鉄黄金期のチームのサイン色紙

写真は1950年代、西鉄ライオンズ黄金時代のメンバーたちによる寄せ書きサイン色紙だ。06年の豊田泰光の殿堂入りによって、三原脩(監督)、大下弘、中西太、仰木彬、稲尾和久と、黄金期の西鉄からは6名が「Hall of Fame」に名を連ねることとなった。同時代の同じチームから6人もの殿堂入りは、戦前の巨人、阪神を除けばめずらしいことだ。50年代、西鉄はとにかく強かった。クリッパースからライオンズに名を変えた51(昭和26)年に就任した三原監督の力が大きい。″三原マジック″と呼ばれるさい配、卓越した指導力で″野武士軍団″をまとめ上げ、選手たちも三原を「オヤジ」と呼んで慕った。54年に初のリーグ優勝、そして56〜58年、巨人を破っての日本シリーズ3連覇で絶頂を迎える。

初顔合わせの56(昭和31)年。50年からの6年間で4度も日本一になっている巨人が優勢と見るのは、周囲とすれば当然のことで、事実、第1戦は4対0と巨人が完勝した。ところがこれには裏があった。試合前に「今日は負けてもいい」と三原監督。この一言で選手たちは緊張がほぐれ、相手を冷静に観察することができた。「巨人といえども恐るるに足りず」。そう分かってしまえばしめたもの。翌日から3連勝し、結局は4勝2敗で初の日本一。24打数11安打、打率.458と打ちまくった豊田がMVPとなった。

翌年も4勝1分けと西鉄の完勝。58年はさすがに盟主・巨人も黙ってはいない。黄金ルーキー、長嶋茂雄が加わった勢いで一気に3連勝で王手。ところが翌日の雨天順延が流れを変えた。第4戦、豊田の2本塁打などで接戦をものにした西鉄は息を吹き返して4連勝。球史に残る西鉄3連覇は、大逆転の末に成し遂げられた。

MVPは獅子奮迅の活躍を見せた稲尾。6試合(うち先発完投が4!)を投げて4勝2敗。第5戦では延長10回にサヨナラ本塁打も。”神様、仏様、稲尾様″、そう崇められたのも当然のことだった。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2007年1月22日発行 第3号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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