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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その77 門田博光のバット

オリックス・清原和博が、契約更改後の会見で「来年は40歳。門田さんは40歳ですごい記録を残された。一年間グラウンドに立てれば結果は付いてくる」と決意を述べていた。門田博光が「不惑」の40歳で初めてシーズンフル出場を果たし、3度目の本塁打王(44)、2度目の打点王(125)、最年長リーグMVP、そして正力賞を獲得したのは、南海最後の年の1988(昭和63)年、清原(当時西武)がまだプロ3年目のときのことだ。

歴代3位、567本塁打を放った左のスラッガーも、奈良・天理高時代は、公式戦で1本も本塁打を打っていない。身長は約170aと決して恵まれた体格ではなかったが、ひたすら走り込みをして足腰を鍛えたり、バットを一晩中振り込んだりするなど人一倍の努力を積み重ねて、70年、社会人・クラレ岡山から南海ドラフト2位でプロ入りの夢をつかんだ。その努力の一端をのぞかせるのが写真の、重さ1030cという門田のバット(殿堂入りの際に寄贈されたダイエー時代のもの)。小柄な体で1`を超える重いバットを使いこなし、フルスイングして打球を飛ばしたのだからすごい。

79年には右足アキレス腱断裂の大ケガで選手生命の危機に立たされたが、不屈の精神で復活し、翌年41本塁打を打ちカムバック賞。88年は「長嶋茂雄の通算444本塁打(残り10本)、王の40歳時の30本塁打、野村の40歳時の92打点を超える」という目標をすべてクリアしての快挙達成だった。ヒットの数もダイエー時代の91年に通算2500本をクリアし、92年、44歳で引退するまでに、歴代4位の2566安打を積み重ねている。

果たして清原は、かつての門田のように、でっかい花火を打ち上げて「不惑のヒーロー」となることができるのか? もし、同じ44本塁打を打てば通算は569本。門田の通算を超えることになるが……。

07年度の野球殿堂入りは来年1月12日に発表される。今週から4号にわたり、06年に殿堂入りされた4人の名選手にかかわる品々を紹介していきたい。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2006年12月25日発行 第58号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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