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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その76 中馬庚著『野球』

ベースボールを野球と訳したのは誰か? 俳人・正岡子規の名前を挙げる方もいるだろうが、彼は幼名・升(のぼる)にちなんで「野球(の・ぼーる)」という雅号を使ったということ。「野球(やきゅう)」と訳したのは、中馬庚(ちゅうま・かのえ)が最初だ。

明治3(1870)年、鹿児島生まれ。21年に第一高等中学校(のちの一高)に入学。名二塁手として活躍し、当時日本一の打者との呼び声もあった。26年に東京帝国大学(現在の東京大学)に入り、そこでベースボールに当てる言葉として、Ball in the fieldというフレーズから野球という訳語を生み出した。

29年、中馬は監督として一高野球部を率いて横浜の外国人倶楽部と対戦し、4試合で3勝1敗と快勝。このニュースがメディアを通して伝わり、全国での野球熱が高まった。それに対応するため中馬が編さんしたのが、30年に発行された日本最初の野球専門書、その名も『野球』だった(写真は原本。博物館にて小社刊行のレプリカ本が閲覧可能)。

内容は、ポジションや用具、投げ方・打ち方などの基本的なルールが解説されているほか、捕球の仕方(当時野手は素手で捕球をしていた)やカーブの投げ方などがイラストで描かれていたり、投手の姿勢、野手のバックアップの方法などが写真で紹介されていたりと、読み手が理解しやすいように工夫がされている。野球を多くの人に広めたいという中馬の情熱が伝わってくるようだ。

本の中で、「野球用語を日本流にしたいが、古来日本にはこれに似たスポーツがなかった。適当な訳語が思い浮かんだら連絡をいただきたい」という中馬の言葉がある。実際、この本の各ポジションは一塁、二塁などではなく英語で書かれている。野球という言葉をはじめ、現在ではごく普通に使われている日本語の用語。それらが生まれた陰には、実は日本野球草創期の人たちの大いなる苦心があったのだ。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2006年12月18日発行 第57号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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