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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その71 マイク・ピアッツァのプロテクター

日米野球が11月3日に開幕する。注目は、メジャー選抜の一員として凱旋帰国する井口資仁(ホワイトソックス)と城島健司(マリナーズ)だろう。さかのぼること10年前の1996(平成8)年秋、二人と同様に日米野球で凱旋した日本人選手がいた。ドジャースの野茂英雄だ。トルネード旋風を巻き起こした95年は13勝で新人王、この年も16勝とすっかりメジャーの貫録をつけて帰国した。当時、井口はドラフトで青学大からダイエーへ。そのダイエーで2年目だった城島は、ハワイ・ウインターリーグで汗を流す、まだまだ若手であった。

96年の日米野球は4年ぶりの開催だったが、野茂をはじめとしたメジャー選抜のメンバーは超豪華! たとえばA・ロドリゲス(マリナーズ)、カル・リプケン(オリオールズ)、バリー・ボンズ(ジャイアンツ)……。この年、A‐Rodはア・リーグ首位打者、ボンズは300本塁打&300盗塁を記録し、リプケンは衣笠祥雄を抜く2216試合出場で鉄人伝説を打ち立てていたのだ。

そしてもう一人、日本でもおなじみだったのが野茂の女房役・マイク・ピアッツァ。写真は当時寄贈された彼のプロテクター一式だが、巨漢・ピアッツァらしいレガースの長さが特徴。この年打率.336でナ・リーグ首位打者を争った(結果3位)ピアッツァは、この日米野球でも7試合で6安打2本塁打、打率.400と活躍。4勝2敗2分けと貫録を見せたメジャー選抜に大きく貢献した。

しかし、敗れた日本チームの選手たちも確実に何かを学んだようだ。「メジャーは全力プレーが当たり前」とオリックスのイチロー。彼のほか斉藤隆、佐々木主浩(ともに横浜)、松井秀喜(巨人)、松井稼頭央(西武)など多くの選手がこのチームからメジャーへ渡ったのは、決して偶然ではないはずだ。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2006年11月13日発行 第51号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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