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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その70 中日・福留と日本ハム・小笠原のバット

2年ぶりにセの頂点に立った中日と、25年ぶりのパ・リーグ王者となった北海道日本ハム。この2チームの顔合わせとなった日本シリーズで、2006年シーズンもひと区切りを迎える(11月上旬には日米野球、アジアシリーズが控えるが)。振り返れば今年、一部の選手にとっては「長〜い、長〜い」シーズンだった。それはもちろん、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)があったから。初開催となる大会に向けて、代表に選ばれた選手たちはオフ返上で調整に励み、今季に臨んできた。

初の世界一となった代表の中で、日本シリーズの舞台まで進んだ選手は、中日は福留孝介と谷繁元信、日本ハムは小笠原道大である。写真は福留(下、01年3月寄贈)と小笠原(00年3月寄贈)のバット。3人のWBCでの活躍を振り返ると、福留はなんと言っても準決勝・韓国戦の2ラン本塁打。初めてスタメンを外されたこの試合で、代打で出た7回に右翼席へ放った意地の一発は、間違いなく後世に語り継がれるものだ。小笠原は主に七番・一塁で全試合先発し、チーム3位の計7打点を記録。第2ラウンドのメキシコ戦では4回に先制の2点タイムリーを放ち、アメリカ戦敗退後の重苦しい雰囲気を吹き飛ばした。2番手捕手に回った谷繁は、経験を生かし若い選手へのよきアドバイザーとなった。

ペナントレースが開幕すると、不調に苦しむ代表選手もいたが、3人は素晴らしい成績を残す。福留は打率.351で首位打者、小笠原も32本塁打、100打点で二冠。谷繁は中日の豪華投手陣を好リードした。本号が出る頃には雌雄が決しているかもしれないが、世界一に始まり、日本一を経て、そしてアジアシリーズも頂点に立って、「長〜い、長〜い」幸福のシーズンを過ごせるのは、果たしてどちらの選手だろうか。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2006年11月6日発行 第49号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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