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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その56 新庄剛志の阪神時代のユニフォーム

前半戦も終了し、週末にはオールスターゲームが開催される。今年限りでの現役引退を表明しているSHINJO(新庄剛志、北海道日本ハム)は、ラスト球宴に向けて「国の許可が必要」なほど壮大な(?)パフォーマンスを計画しているという。メジャーから復帰して以来、アッと驚く数々のファンサービスを披露してきた新庄。5月18日、甲子園での古巣・阪神との試合前練習では、背番号5のタテジマのユニフォームを着てグラウンドに現れ、スタンドの虎党を大いに沸かせた。

写真の新庄の阪神のユニフォーム(当時のローマ字表記はSHINJYO)をご覧になって、新庄ファン、阪神ファンは「おっ!」と思うかもしれない。背番号は「5」だが、裾のところのタグには「92−63」と入っている。この「92−63」には大きな意味がある。92年、「63」の番号をつけていた入団3年目の新庄は、シーズン途中に一軍に昇格。豪快なスイングで打率・278、11本塁打の成績を挙げるなど、5年目の亀山努とともにチームに新風を吹き込み、ヤクルトとの優勝争いの原動力となった。

彗星のごとく現れた20歳のプリンス。当然、その年のオフには背番号も出世することに。候補は「5」と「44」。「バースから新庄のイメージにしたい」と本人の心は一時「44」に傾いたようだが、契約更改の場で正式決定したのは「5」だった。年明け93年は数字にちなみ、1月5日午後5時55分に自主トレを開始している。

つまり写真のユニフォームは、新庄が背番号を変え、スターへの階段を上り始めた瞬間を一枚で表した貴重なものと言える。それから、驚かされるのは、野球選手のものとは思えない超細身サイズ。博物館への寄贈のためだけに作ったものかもしれないが、「見た目」にもこだわる彼らしい一品なのだ。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2006年7月31日発行 第32号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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