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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その37 1949年のペナントレース告知ポスター

今週紹介するのは、1949(昭和24)年、1リーグ制最後の年のペナントレース告知ポスター。投手か野手かは分からないが、左利きの選手が頭上の打球に飛びつこうとしている姿がダイナミックに描かれている。右下の「掴め! 機会を……」の広告文句ともうまくマッチしている。胸文字とアンダーウエアが黒いし、ラインが赤いところも違うが(実際はすべて紺色だった)、ユニフォームのおおまかなデザインは当時の巨人のものに似ている感じがする。前年48年、最多勝、最優秀防御率、沢村賞など投手タイトルを総ナメにしたのは巨人の左腕・中尾碩志だったが、彼がモデルだろうか?

この49年は、その巨人による、前年優勝の南海エース・別所昭(毅彦)引き抜き事件で幕を開ける。「一軒家がほしい」と別所が南海球団に訴えていることを聞きつけた巨人が別所獲得を画策。世論からも猛反発を受けたが、結局、別所に2カ月間の出場停止を科すことで連盟は移籍を認める。このときの南海と巨人の遺恨が、4月14日、後楽園での試合で巨人の三原脩監督が南海の筒井敬三を殴る、戦後球界初のグラウンド上での暴力事件「三原ポカリ事件」につながった。

その後も、水原茂のシベリアからの帰還、2リーグ分立へ向けての新球団誕生と、既存球団同士の対立、選手の引き抜き合戦、戦後初の外国チーム・サンフランシスコ・シールズの来日、そして球団の数が8から一気に15へ……というように、このポスターのごとく、ダイナミックに揺れ動いたプロ野球界の一年だった。

戦前や終戦直後の宣伝ポスターは、カラフルで芸術性の高いデザインのものばかりで驚かされるのだが、今回、野球体育博物館のホームページ上で、1リーグ時代の計44枚のポスターの公開が開始された。ぜひチェックしてみてはいかがだろうか。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2006年3月20日発行 第11号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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