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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その31 1949年のJAPANのユニフォーム

ワールド・ベースボール・クラシックに出場する日本代表のユニフォームが発表された。アテネ五輪で使用されたものと同じ素材で、着用感がないほど軽量化されており、生地も従来の半分という薄さだという。

一方、写真は57年前の「JAPAN」のユニフォーム(元中日・西沢道夫氏着用)。1949年に行われた対サンフランシスコ・シールズとの親善試合で使用されたものだが、素材はウールでとても分厚い。持った感触もずっしりしていて、重さを量ると、アテネ五輪の城島健司のユニフォームの280gに対し、その約2.4倍の660gだった。だが、戦後の物資不足の中これだけ立派なものを製作できたことの方が驚くべきことだ。

白地に赤ラインが入り、胸には赤い文字で「JAPAN」。フロントにはジッパーが使われているのがユニークだ。シールズと対戦したのは全日本軍、全東軍(巨人、東急、大映、中日の連合)、全西軍(大阪、阪急、南海、大陽の連合)、巨人、東京六大学選抜の5チームだが、袖の「E」が示すように、このユニフォームは全東軍が着用したもの。シールズ戦後に行われた東西対抗でも使われたという。ちなみに全日本軍のものには、胸の「JAPAN」の前に「ALL」が付け加えられていた。

当時まだ進駐軍の占領下にあった日本に、フランク・オドール監督率いる米AAA級シールズがやってきたのは10月12日。15日に後楽園で行われた初戦の対巨人戦の試合前には、君が代の演奏の中、日の丸がポールに高々とひるがえった。元セ・リーグ会長の鈴木龍二氏は「敗戦後、プロ野球が(公の場で)初めて日の丸を堂々と大空に掲げたということを誇りに思う」と語っている。売店では初めてコーラも売り出された。試合は日本勢の7戦全敗だったが、復興を実感した観衆の表情はきっと、喜びに満ちあふれていたに違いない。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2006年2月6日発行 第5号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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