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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その30 巨人・広岡と阪神・吉田のグラブ

今年野球殿堂入りした元西鉄・豊田泰光氏とともに、昭和30年代、球界の名遊撃手と評されたのが、巨人・広岡達朗と阪神・吉田義男だった。写真は2人が殿堂入りした92年に博物館に寄贈された現役時代のグラブ(左が吉田用)。中指の先端から下端までの長さはともに約23センチ。吉田のグラブは米国・マグレガー社製、広岡のものはメーカーは不明だが、消えかかったマジックの文字で「T.H 2」とイニシャルと背番号が記されている。ともにところどころ糸で修繕されていて、広岡のグラブはおそらく付け替えたのだろう、ヒモの部分だけがやや新しい。名手と呼ばれる選手は、やはり用具にも愛着を持ち大切に使い続けるものなのだ。

1952(昭和27)年、早大対立命大オープン戦で、立命大の1年生遊撃手・吉田の守備を見た早大・森茂雄監督が、当時すでに六大学の花形だった3年生の広岡に「お前よりもうまい。吉田を見習え」と語ったという話が残る。吉田は大学を中退し53年に、広岡は54年にプロ入り。ライバル球団の同じポジション同士であることから、なにかと比較論議される存在となった。ベストナイン9回と選手としては吉田に軍配が上がった形だが(広岡は1回)、指揮官として先に花を咲かせたのは広岡だった。78年にヤクルトで初のリーグ優勝、日本一を達成すると、西武でも82、83年連続日本一と黄金期を作った。

そして85年、2人は西武、阪神の監督として日本シリーズの大舞台であいまみえた。阪神2勝1敗で迎えた第4戦。7戦勝負を考えた広岡はセオリー通りエース・松沼博久をマウンドに送ったが、阪神は第1戦先発の池田ではなく伊藤。吉田は主戦・池田を相手投手陣の手が薄くなる第5戦、ゲイルを第6戦に回し4勝2敗でケリをつける作戦に出る。「広岡さんは経験が豊富。私は初めてだから星の計算なんて分かりまへんわ」とうそぶいた吉田だが、そこには秘めたる自信があったのだ。結果、宙に舞ったのは阪神・吉田。初対決から30年以上の月日が流れていた。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2006年1月30日発行 第4号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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