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週刊ベースボール連載「ベースボール博物館」
その18 「第1回日本ワールド・シリーズ」ポスター

現在、野球体育博物館では、11月27日までの日程で企画展「日本シリーズの記憶」が開催されている。栄光を勝ち取った歴代チームの記念写真や、ユニフォーム、ポスターや入場券などが展示され、また過去のシリーズのダイジェスト映像も放映されている。その中で、今回は1950年の第1回日本シリーズのポスターを紹介しよう。デザインはあの阪神の虎のマークを描いた早川源一氏。米大リーグの頂上決戦が「ワールド・シリーズ」だからその日本版として当てはめたのだろう、「日本ワールド・シリーズ」という大層な名称が付けられていた。「日本シリーズ」と改められたのは54年のことだ。

日本初の頂上決戦は実現までかなりのドタバタがあった。49年11月26日に2リーグ分立。その後セが8、パが7と球団数が膨れ上がり、両リーグのチーム間で有力選手の引き抜き合戦が激化した。「日本一決定戦開催を」という提案はあったが、セパ同士がイガミ合っていては実現するわけがない(オールスターゲームは調整がつかず51年からとなった)。なんとか開催へと努力を続けた両リーグ。7月4日に引き抜き選手の移籍を承認して「わだかまり」をなくし、シリーズ開催を発表した。その後も使用球場問題などでゴタゴタは続いたが、11月22日の開幕(神宮)にこぎつけたのだった。

セは松竹ロビンス、パは毎日オリオンズの対戦となった第1回。フランチャイズ制がまだない時代、神宮、後楽園、甲子園、西宮、中日、大阪の各球場を回り、結果、毎日が4勝2敗で初代チャンピオンの座に着いた。安田庄司初代セ会長はこう語っている。「過去、両リーグの間に感情的対立があったとしても、今回の成功で跡形なく、なくなった」。日本シリーズは、セパ友好の証しでもあったのだ。

(文責=編集部)

掲載号/週刊ベースボール 2005年10月31日発行 第48号
取材協力/財団法人野球体育博物館
※記事は掲載時のまま転載しております。会期の終了した企画展や、現在は館内で展示していない資料を紹介している場合があります。ご了承下さい。


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